伊予路
11月25日(火)晴れ
昨晩はかなりの雨が降り部屋の中からも雨音が聞こえるほどだったが、朝起きて窓越しに眺めるとすっかり上がっている。6時の朝食後、主人夫婦に杖と傘を預かってもらったお礼を申し上げ7時過ぎに宿を発つ。今治駅のコーヒーショップで一服し、8時過ぎのJR予讃線で伊予小松まで移動し(440円)、同駅から2~3分の至近距離にある第62番「宝寿寺」に参拝した。この寺は伊予一の宮の別当寺とある。私は大三島の大山祇さんが一の宮と思い込んでいたが、こちらが本物なのだろうか。境内を清掃されていた寺の奥さんらしき婦人にうかがったところでは、当の神社はJRの線路を挟んだ反対側にあるそうだが、神主が不在のような口ぶりで何となく行きそびれてしまった。足の裏の痛みも続いており怠け心が出たのだと思うが、後日、とにかく行くだけは行っておけば良かったと後悔した。
そこから六十一番香園寺(コウオンジ)までおよそ2kmは順序を逆にたどったが、例によって町の人々は親切に道順を教えてくれる。もっとも当方も前回の遍路行の経験に照らし、なるべく年配の方に道を尋ねるようにしている。これだと、まず外れはない。香園寺は険路で知られる六十番横峰寺(ヨコミネジ)から下ってきた所に位置し、実に250人も収容可能な宿坊を備え、本堂はこれが仏教寺院かと疑うような堂々たるコンクリート造りだが、御本尊の前で読経しても不思議と違和感はない。境内のイチョウの葉が見事に色付いているのが印象的だった。
再び宝寿寺の方向に戻り、六十三番吉祥寺(キチジョウジ)を目指し歩きだしたところ、左足裏の痛みがひどくなった。ふと見上げると、国道沿いのビルの屋上に“薬”と大書した看板がそびえており、これまた神仏のお導きと思った。痛み止めの軟膏と貼り薬を仕入れ(2,500円)、店のトイレでちょうど催してきた用を済ませ、20分ほど歩いて吉祥寺にたどり着いたが、こんな調子では先が思いやられる。勇んで出てきた都合上、たったの2日で家に帰ったりしたらヨメハンに何を言われるか分かったものではない。気を取り直し寺まで歩き、読経を済ませ御朱印を頂いた。やれやれとばかり境内のベンチに座り靴下を脱いで貼り薬を痛む個所に押し付け、ペットボトルのお茶とタバコで半時間ほど休憩。この寺は四国八十八カ所で唯一“毘沙門天”を本尊とする札所だそうで、その妻とされる“吉祥天”とともに弘法大師がここに祀ったのが寺名の由来という。各寺々でガイドブックを開きその由来を紐解くのは実に楽しいし、気分転換にもなる。前回に続き今回も持参した電子辞書とともにできるだけ活用し、なるべく乏しい知識を補おうと心掛けている。しかし、スケジュールに追われたり雨に降られたりすると、そうした余裕もなくなるのは残念だ。一日や二日、横道にそれても気になる場所には足を延ばそうと考えてはいるのだが、いざとなると貧乏根性が抜け切れないのが悲しい。
足の痛みをこらえ、明日は横峰寺までバスを利用するので楽だろうし、今朝宿屋で回収した金剛杖も頼りになると思い直し、さらに4kmほどの道のりを六十四番前神寺(マエガミジ)に向かってエッコラサと歩き出す。四国の幹線道路である国道11号沿いの歩行は交通量が多く情緒がないので、最寄りの交番で教えてもらった旧道をたどった。案の定、なかなか落ち着いた街並みが続き、なかには菊の懸崖作りを飾っている民家も二、三見かけ、しばし立ち止まり鑑賞させてもらった。できるだけゆっくり歩くよう心掛けさらに前進すると、散髪屋の看板が目にとまり、フラフラと店内に入った。家を出る時に寒いといかんからと、やや伸び加減の頭をそのままにしていたので、迷うことなく坊主頭にしてもらった(2,000円)。
サッパリ丸めた頭をなぜまわしながら再度気を取り直しさらに東に向かって歩き、しばらくすると石鎚神社の大鳥居の前にたどり着いた。このあたりは西日本最高峰の石鎚山の登山口にあたり、昔から山岳信仰のメッカである。ここを通り過ぎては、いかに札所巡りとはいえ罰が当たる。風格のある本殿まではモミジの葉を散らした長いがっしりした石段の入り混じる結構しんどい道のりではあったが、無事参拝し御朱印を頂いた。本殿の鎮座する高台からは瀬戸内海まで広がる街並みが一望でき、さすがに昔の人たちは良い場所を選ぶものだと感心し、足の痛みもしばし忘れ眺めていた。参拝客の中には遍路とおぼしき人物は見当たらなかったが、せめて札所に近い神社に足を延ばせば寺とは一味違う風情が楽しめると思うのだが、余計なお世話か。鳥居まで戻り、すぐ隣に位置する前神寺に参拝。ここはかつて石鎚神社と同じ場所に神仏習合されていたのが明治維新で廃寺の憂き目にあい、しばらくしてから現在の場所に再興されたという。廃仏毀釈は、長宗我部氏による焼き討ちとともに、四国の寺々を巡ると今でもその傷跡を見せている。
前神寺からJRの石鎚駅に徒歩10分ほどでたどりつき無人駅の待合室に入ったら、昨夕、伊予富田駅の待合室で見かけたヒゲのオッサンがベンチに座っていた。何となく話をしてみたら、この人は私とほぼ同じ歳まわりで出身も武蔵の国と判明した。年季の入った歩き遍路の風格があり、「こちらは電車もバスも利用するグウタラ遍路です」と自嘲気味に水を向けると、「乗車賃を払える人はうらやましい」との展開となった。聞けば4年ほど故郷に帰らず四国を漂っている由。もっぱら駅の待合室などでの野宿を続けているようで、話には聞いていたが現実にこうした人がいるのだなと思った。失礼ながら、わずかばかりの浄財とタバコ1箱を報謝させてもらった。向寒の折から、テントや鍋の入った、おそらくは20kgを超えるであろう重荷をかついで歩き続ける彼の今後の無事を祈るのみだ。
石鎚から次の伊予西条まで電車に乗り(200円)、駅前に昨夜予約しておいた、かつては遍路宿であったと思われるビジネスホテルT(夕食付きで5,500円)にチェックインしたのは3時頃。情けないことながら、遍路行再開2日目にしてもう疲れがたまってきたので、部屋付きの風呂にゆっくりつかりながら下着を洗い、お銚子2本を付けて部屋まで運んでもらった夕食をとり、早々と眠りに就いた。この日は20,000歩、13km。


