伊予路
5月27日(火)晴れ
現在朝の5時だが、すでに朝風呂に入り、昨夜の残りの愛媛産焼酎でお湯割りをやっている。梅干しを1個残しておいて本当に良かった。実にうまい。山頭火の「遍路即人生」ならぬ「遍路即焼酎」だが、私の場合は歩行に差し支えるほどは飲まない。ヨメハンなどは、ややアル中気味ではとの疑いを隠さないが、彼女も含め他人に迷惑をかけるわけではないので、今のところ黙認されている。ふと、瀬戸内の島に住む昔の仲間に四国参りの途中で立ち寄るかもしれないとお予告しておいたのを思い出したが、ウィークデーとなったので今回は立ち寄らないことに決めた。
07:00頃、宿を出て、JR松山駅行きのチンチン電車に乗った。料金は一律150円でなかなか乗り心地が良い。松山から和気まで予讃線で移動(210円)し、五十三番円明寺(エンミョウジ)と五十二番太山寺(タイサンジ)の間の約5kmを徒歩で往復した。岩屋寺以来のエージシューター遍路や古希の遍路が相変わらず元気に歩いている。いや大したものだ。和気駅に戻り、再び予讃線で今治の手前の波止浜まで行き(750円)、これも知人のオフィスまで30分ほどの距離をテクテク歩いた。太陽がジリジリ照りつけていたが、ここの社長にはいろいろお世話になっている。今回の四国行きに際しては是非、番外として参拝したかったところである。さいわい社長は在社され、コーヒーを頂きながらここまでのズッコケ遍路ぶりを報告申し上げ、納め札をお渡してお別れした。
社長の事務所の女性が車で送ってくれた五十四番延命寺(エンメイジ)の納経所とそれに隣接する売店のオバサンたちはとても気さくで、お茶を飲ませてくれたり、五十五番南光坊(ナンコウボウ)への遍路道を説明してくれたり、実に親切である。どこの納経所もこの調子なら、巡礼ももっと楽しいものになるだろうが、そうはいかないところが修行なのだ。この日は南光坊近くで宿をとろうと思っていたので、S旅館というのを紹介してもらった。電話をかけると、そこの女将さんが五十六番の泰山寺経由で歩くのが効率的と教えてくれたので、その通りにした。予定よりかなりの距離を歩くことになったが、途中のスーパーでパンツを調達し、4時ころには南光坊で御朱印を受けることができた。
S旅館は南光坊の裏手にある、今回泊まった先では最もレトロな遍路宿で、私が通された部屋は15畳くらいの大部屋で、蒲団が6組ならべてたたんである。小規模団体の相部屋といった風情だが、今夜はここに一人で寝るらしい。トイレの扉も木製で、カギも木製の横にスライドする、今時の若者なら腰を抜かしそうな代物で、使用中は手で押さえていないと他人の侵入もあり得るが、私らの年代にとってはじつに懐かしい。夕食も朝食も食材は質素ながら、宿の老夫婦の心がこもっており、野菜不足になりがちな遍路にはピッタリのメニューだった。
晩飯を済ませ部屋に戻ったら、ヨメハンからのメールが届いていた。いつもの居所確認の定時メールとは異なり、父親の入居している終身介護施設の経営母体が倒産したとの内容だった。あと三分の一ほどで満願のところまで来ていたのだが、事情が事情だけに落ち着いて遍路を続けることもならず、いったん帰宅することにした。施設に直接電話して聞いてみたら、別の介護組織が引き継ぐらしく、さしあたり追い出されることが無さそうなのでややホッとしたが、実際にはどうなる事やら、この先が思いやられる。


