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伊予路

5月26日(月)晴れ

網戸にして寝たため、朝の冷気で目が覚めた。“松山ホトトギス・ウグイス合唱団”も目覚まし時計代わりにかしましい。今日は松山市の中心地に向かうなだらかな下りの道を歩けばよいので、気が楽だ。ここまで何とか私なりに毎日まじめに参拝してきたが、八十八か所も半ばを過ぎたとの思いでやや中だるみとなっている面もあり、06:00朝食06:30発足で、勇んで宿を出た。

 まず、前日、浄瑠璃寺の裏手に祀られているときいた弁天様にお参りしてから、四十八番西林寺(サイリンジ)を目指した。途中には、四国遍路の元祖と言われる「衛門三郎」の菩提所「文殊院」がある。この寺はいわゆる八十八番札所の番外霊場で、この朝の参拝客は私だけだった。他にも番外の寺が10カ所以上あるようだが、かなり年季の入った遍路しか訪れないのかもしれない。西国の札所では、番外の寺の方が風情があったように記憶している。そこから西林時まで1時間ほどかかったが、朝方の涼しさが嘘のようなカンカン照りとなり、一時は収まりかけていた手の甲の水膨れが再発し、ついにはつぶれてツユが出た。

 西林寺の境内には、これも弘法大師が干ばつで苦しむ民衆のため杖で突いたら湧き出したという名水があり、ひりひりする手の甲をこの冷たい水で洗ったら痛みも幾分和らいだ。霊験あらたかといったところである。飲んでみたが、相当にうまかった。ここの坊さんも無口で、こちらも口をきかず、さっさと四十九番浄土寺(ジョウドジ)への道を歩き出した。

 しばらく行くと「鷹の子温泉」という標識があったが、立ち寄った喫茶店の奥さんによると、泉質は道後よりも上だが、ついこの間まで営業していた旅館が店じまいしてしまったとのこと。そういえば、昨日、ガイドブックを頼りに問い合わせた先があいにく旅館をやめてしまったと謝っていたが、ひょっとしてここのことかと思い当った。

 すでに松山の市街地に近い浄土寺の周辺は、裕福そうな大きな家が目立つ。境内には昨夜同宿した高齢遍路が続々と入ってくる。中でも70歳くらいのオジサンは、足を引きずりながらもニコニコしながら私に手を上げた。そこから五十番の繁多寺(はんたじ)までは、自動車道と住宅内の露地を交互にたどるややこしい道筋で、距離は2kmほどだが2度ほど道を間違え、その都度通りがかりの人に指摘され助かった。こちらが暑さでボーっとしていたせいもあるが、阿波路でも同じ経験をしており、四国の人々の優しい配慮を改めて実感した。

 繁多寺の門前でアイスクリンを売っている栃木出身というオジサンとしばらく話をした。彼はインターネットで紹介されるほどの人気者となっているらしく、若い歩き遍路が通り過ぎるたびに、よく冷えたゼリーとヤクルトを振舞っていた。そういえば、四国を歩きまわっている遍路は、還暦過ぎの高齢者と二十代までの若者とに、ほぼ大別できるようだ。その中間の働き盛りの遍路はあまり見かけない。

 さらに陽の照り返しのきつい自動車道を小一時間たどり、道後温泉にほど近い五十一番石手寺(イシテジ)に参拝した。途中、40歳くらいの女性に突然声をかけられ、飴玉を三つ入れリボンをかけたセロファンの袋を握らされ、「御接待です」といわれた。こちらが呆気にとられお礼も満足に言えないうちに、彼女はさっさと立ち去った。石手寺の門前には、遍路が渡ってはいけないという古びた小さな橋がかかっている。そこから浅草の仲見世を小規模にしたような売店群を抜けると、本堂や三重塔を含めた歴史を感じさせる堂宇がそびえている。

 間もなく道後の湯につかれるとの気の緩みが出たせいか、石手寺での読経は間の抜けたものになり、何度も間違えた。それでも何とか済ませ時計を見ると2時を回っていたので、門前の茶店でビールを頼み、そこの女将にあまり高くない温泉宿を紹介してもらった。ここから歩いても大したことのない所に「子規会館」があり、是非立ち寄りたかったが、間の悪いことに月曜日で休館である。ここまで巡った松山市内の寺々には、たいてい子規の句碑が建っており、俳句の盛んな土地柄をさらに知りたいと思ったのだが、残念である。

 紹介してもらった宿は、鉄筋の7階建だがかなり古色蒼然としており、狭い入口のロビーに置かれたソファに小学生の坊主が寝ころんでおり、カウンターにはその母親らしい30過ぎくらいの女将がにっこり笑って迎えてくれた。宿代を8,000円に値切ったのだからこのあたりが妥当だろう。若女将が「まだ早い(3時をすぎたあたり)からすいていると思うので、坊ちゃんの湯に行ってらっしゃれば」と助言してくれたので、さっそく浴衣に着替えて行ってみた。過去に何度か訪れる機会があったのに果たせないまま今日に至っており、坊ちゃんの湯に入れたのは感激だった。単純泉でいつもなら物足りないと感じたろうが、この日は暑さに相当やられていたので、かえってそのやわらかな肌触りが心地よかった。手の甲の火傷にも効いたようだ。

 6時からの夕食は、さすが温泉場らしく、これまでの宿の中でも一番豪華な献立で、例によって焼酎の湯割りをかたむけながらすべて平らげた。給仕をしてくれたオバサンが、昨夜はバンケットガールが来てにぎやかだったと漏らしていたが、“不邪淫”の遍路には縁のない話と無視した。宿の風呂にもう一度つかり、あとはパタンキュウとなった。寝たのが8時ころで、夜中の1時頃目が覚めてしまい、入ったトイレが和式であることに初めて気づく有様だ。部屋のカギもかけておらず、不邪淫はともかく不用心のそしりは免れない。それにつけても、和式トイレでしゃがむ構えにも大分慣れた。足腰がやや鍛えられた気がするが、家に帰ってサボれば元の木阿弥だろうから、シットアップ運動くらいは続けようとの気持ちになった。

 余談になるが、私が今回の旅に持参した薬は、

  • キンカン小瓶1本
  • オロナイン小チューブ1本
  • バンドエイド20枚
  • 風邪薬少々 不要と思ったが、ヨメハンが持たせてくれた。
  • 目薬

 以上である。中でもオロナインとバンドエイドの組み合わせは、早めに足の裏のマメに使用したら抜群の効果があった。キンカンは陽に焼けた首筋にぬるとスッキリする。風邪薬は今のところ使っていない。胃薬は、2年ほど前に十二指腸潰瘍と言われて以来、深酒をしないので(?)、最近は飲んだことがない。

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