四国遍路紀行

四国遍路

土佐路

5月23日(金)曇り

 昨日まで37カ所もの寺を巡ったというのに、まだ半分にも満たない。四国八十八か所の広大さに半ばあきれ半ば感心しつつ、早朝の四万十川に沿う道を散歩してみた。歌の文句じゃないが、思えば遠くにきたもんだ。葦の藪かげでしきりに鳴いている鳥を勝手に葦切と判断して、「夜はカワズ 朝はヨシキリ 四万十の宿」という迷句をひねった。

 朝食後、7時半ころ奥さんに駅まで送ってもらった。「2年ほど前に正面衝突の交通事故を起こしたが、大型車に乗っていたので助かった。今日のような小型車なら生きていなかったでしょう」などという怖い話を聞かされどうなることかと心配したが、無事駅に着いた。今日はこれから足摺岬まで2時間近いバス旅となるので、何はともあれ駅前のトイレに駆け込んでジックリ用を足した。08:30発のバスは四万十川沿いを快調にひた走る。30人乗り程度の車内には、新婚旅行と思われるカップルと私、それに一日40kmくらいは歩くが、今日は途中までバスに乗るという大阪から来た青年の四人しか乗っていなかった。この青年によると、例の焼山寺の山越えでは途中で落伍する中高年の遍路が何人かいたそうだ。私も敢行していたら、今頃は家に帰りしょげ返っていたことだろう。還暦を過ぎたとはいえ、日ごろから心身を鍛えることの重要性を改めて感じる。

バスはいつの間にか岬の森林地帯を縫うような道を走っている。各停留所では地元の人たちが運転手と気さくに挨拶をかわしながら、入れ替わり立ち替わり乗ってきては降りる。降りる時には必ず「ありがとう」と運転手に告げる彼らの態度は、都会ではあまり見られない気持ちの良い光景である。バスが通ると両側がスレスレという険路が続いたが、運転手はさすがに慣れており、危険は感じない。10時過ぎに三十八番金剛福寺(コンゴウフクジ)まで歩いて5分の停留所に着いた(バス代1,930円)。参拝後、「天狗の鼻」と呼ばれる展望台まで足を延ばし、見渡す限りの太平洋を眺めながら一服した。このあたりは中の浜地区といい、かのジョン万次郎の出身地で、寺の門前には彼の立派な銅像が海を見つめている。近くの喫茶店からコーヒーのうまそうな香りが流れてきたのでたまらずに中に入り、注文しかけて戻りのバスの時刻を聞いたらあと5分で出発するという。店のオバサンに平謝りに詫びて停留所に引き返した。

ここからは来た時と同じ中村行きのバスで、鰹節で有名な土佐清水で降り(860円)、そこから宿毛行きに乗り換える。天気はうす曇りながら雨は降っていない。三十九番延光寺には、宿毛からJR線で中村方面に二つ戻った平田という駅から片道40分ほどのなだらかな山登りらしい。天気が保つことを祈るのみだ。乗り込んだバスは豊後水道を左に見ながら延々と走り続け、13:00前には宿毛に着いた(1,800円)。

平田駅(210円)からは、ガイドブックではあたかも山登りのようになっていたが、実際には国道沿いの平地をだらだら3kmほど歩く単調な道筋であった。歩き遍路の視点で書いてあるから、このような誤解が生じると後で気付いたが、いずれにしろ坂道を喘ぐ苦行は避けられたわけだ。途中で地元のオジサンが二人続けて私に話しかけてきたが、異口同音に「ヘンロは功徳が積めるから、歩きでもバスに乗っても、ドッチャデモエエ」とおっしゃっていた。何とも素朴で邪気のない雰囲気には実に慰められる。

平田駅に戻り、汽車より早く来たバスで宿毛に向かったが、駅の手前のバス停も何もない道ばたで、バスの運転手が私に向かい「ここで降りた方がいいですよ」という。妙なことを言うなと思いグズグズしていたら、「前を走っている宇和島行きのバスがこの道を戻ってくるから、道の反対側ではっきりそれと分かるように盛大に手を上げて乗りなさい。このまま宿毛まで乗って行っても、あっちの方が先に出てしまう」との説明で、合点がいった。四国のバスの運転手諸氏は、道慣れない遍路がウロウロしているのをあらかじめ察知する能力がきわめて優れているようだし、客の扱い方も実に親切で機動性に富んでおり気持ちが良い。都会ではこうはいかない。心からのお礼を言いながら340円のバス代を払い、他の乗客にもご迷惑をかけましたと断って、ご指示通りのバスに無事乗り換えることができた。

乗り換えたバスのボディーには宇和島運輸と書いてある。いよいよ伊予路に入ったのである。この日はバスや電車を乗り換える際の待ち時間が存外掛かり、予約を入れておいた四十番観自在寺(カンジザイジ)近くの民宿に着いた時は19:00を回っていた(バス代800円)。この日はほぼバスに乗り詰めで、歩行実績は13,000歩、7kmにとどまった。日焼けの方は小康状態だが、身体にはかなり疲労がたまっている。いつ降り出すかと心配していた雨も不発に終わったが、明日はどうなるか、神仏にお任せするしかない。

この民宿は、旦那が大酒のみがたたり早くに先だったとかで、私とおない歳の女将は「ビール一本と酒一本しか出さない決まりで、煙草もダメ、吸いたければ物干し場でやってチョーダイ」といった調子で取り付く島もない。こういうことは前もって確認しておくべきだが、今回ばかりは自分の迂闊さに地団太を踏んだ。物干し場にはあまり人が来ないらしく、一服やろうと戸を開けて踏み込んだら、かなり密度の高いクモの巣が私の顔を覆い尽くすほどタップリ張り付き、大きなクモが泡を食ったように走り回っている。どういうわけか私は腹を抱えて笑ってしまったが、本心は泣き出したい気持ちだったに違いない。古代のギリシャ人じゃないが、悲劇と喜劇は紙一重なのだ。