阿波路
5月17日(土)快晴
四日続けての晴天だ。前日やや落ち込んだ気を取り直し、徳島駅前発07:00のバスで二十番鶴林寺(カクリンジ)に向かった。後で知ったが、この時刻のバス便は平日であれば無かったらしい。曜日の観念が完全に頭から消えている。
この日は最初、平地にある十八番恩山寺(オンザンジ)から十九番立江寺(タツエジ)までノンビリ歩いてから、焼山寺と遜色のない高地にあるとの評判の鶴林寺に順番通り参拝しようかどうかと迷っていた。ちょうど目の前に停車したバスの運転席を見ると、何と前の日に寄井中まで乗せてくれた若者が座っているではないか。そのバスは鶴林寺の上り口となる生名(イクナ)に停車するというので、これも私の弱気を戒める神仏のお導きだろうと観念しアッサリ乗り込んだ。四国霊場を巡る途中では何度か不思議な目に会うと何かの本で読んだ記憶があるが、今朝のバスでの出来事はその一つのような気がする。
若い運転手に「あんたとは仏縁がありそうだ。ありがとう」と言いながら降り立った生名は鶴林寺の山裾に張り付いたような寂しい集落で(バス代720円)、あたりを見回しても人影がない。これも徳島駅から乗った私と同じくらいの歳まわりのオッサンと目が合い会釈した。彼もリュック姿で杖をついているから巡礼だとすぐ分かる。東京からきた二度目の四国参りとのことで、焼山寺の山越えも踏破したという。私は朝の出がけに引っかけてきた発泡酒の効果が腹のあたりでムズムズしてきたので挨拶を中断し、バス停横のトイレに駆け込んだ。
用を済ませて登山口を見ると、かのオッサンの姿はすでにない。こちらも覚悟を決めトボトボと山道をたどりだした。道の両脇にはミカンの花が咲き乱れ芳しい香りを放っており、これは気持ちが良いと思ったのも束の間、目の前にやや大きめの黒いビー玉みたいのがブンブンというウナリ音を発してこちらの通行を妨害する。私が大の苦手とするクマン蜂である。多分黒い野球帽が気に障ったのだろうと思い、首に巻いていた白いタオルで顔まで覆うようにして、ハチ公の攻撃を無視する形で突き進んだ。私のハチ嫌いは幼少時に大きい奴に刺されて以来の長い歴史を持ち、ヨメハンにも相当に馬鹿にされるほどの筋金入りだ。入れ替わり立ち替わりあまりにもしつこく付きまとわれるので一度は引き返そうとさえ思った。しかし、前の日に焼山寺の参拝をタクシーでごまかした都合上、今日こそは何としても鶴林寺の自力登山を果たそうと思い定めていたので、“南無大師遍照金剛”のお題目と般若心経を唱えつつ恐いのを必死でこらえながら、何とかミカン林が途切れる場所まで登ることができた。
お題目とお経の効能に感謝しつつなおも山道をはい上がっていくと、先行していた自称遍路二度目のベテランが道ばたでヘタっている。やはりハチ公に追い回されたのが応えた様子で、シティボーイとは、私も含め、何とひ弱な生き物であることよと慨嘆した。他に話題もなく、私は「お先に失礼と」断って登山を再開した。道筋には新旧取り混ぜた、ガイドブックによると室町時代のものもある遍路用の道案内が次々に現れるが、山頂まで3kmの標識からあとは矢印のみで、どの程度高度を稼いだのかさっぱり分からない。それでもハチの恐怖があまりにも強かったせいか、通常なら肩があえぐようになる筈なのだが、意外に快調に足が動いていることに気がついた。火事場のクソ力とはこういう状況を言うのだろう。
耳を澄ませば鳴き声の上達したウグイスに加え、テッペンハゲタカ(正しくはテッペンカケタカ?)のホトトギスも合唱している。「目に青葉、山ホトトギス、初ガツオ」とつぶやき、明日は土佐の宿でタタキをしこたま食ってやることを夢見ながら、ガイドブックによっては焼山寺よりきついと警告している山道を、標準タイムを上回る1時間少々のペースで登り切ってしまった。ひざの痛みも感じない。神仏の加護とハチの恐怖に浅ましい食い気までが加わった三位一体の成果に違いない。山登りの時は、坂をはい上がる苦しさを紛らす“何か”が必要なようだ。
こうした山深い難所に位置するだけに、阿波の平地にある寺々を焼き尽くした長曾我部の猛威もこの鶴林時までは及ばなかったとのことで、幹の太い杉林の中にいかにも年季の入った貫禄のある堂宇が展開している。運慶作の仁王像や昔ながらの三重塔など重文級の建物や彫像も多いという。
山登りを果たした清々しい気持ちで参拝を済ませ、納経帳300円+掛け軸500円、計800円也の朱印料を納経所の坊さんに差し出すと、駐車料300円も頂きますとおっしゃる。これでもヒイコラ言いながら自力で登って参りましたと回答したら、しばらくこちらの様子を疑わしそうに眺めた挙句に、放免してくれた。リュックをホテルに預け頭陀袋と金剛杖だけの軽装のジイサンだから歩いてなど来るはずはないと侮られたに違いないが、そんな不当な評価に対する不満をオクビにも出さず、ニッコリ笑って「ありがとうございます」と切り返したのは、私の修行がそこそこ進んだことの証拠だろう。
本来なら、鶴林寺からの尾根道をさらに3時間ほどたどり二十一番大龍寺に(ダイリュウジ)向かうのが本来の順路だそうだが、私は徳島市内に荷物を置いてきたので、もと来た山道を下った。まさか山登りがこれほど順調に行くとは思っていなかったからだが、次回チャンスがあれば尾根道にも挑戦してみたい。生名のバス停に戻り、近所の弁当屋で買ったイナリ寿司(400円)を食べ、停留所横のコンクリートに腰をかけ一時間ほど徳島方向に戻るバスを待った。見上げるとたった今よじ登ってきた山が驚くほど高くそびえている。人間その気になれば何とかなるものだ。
バスを乗り継いで(510円+140円)恩山寺に参拝し、義経一行が屋島に向かい進軍したという旧道を1時間ほど小松島の方角に逆戻りし立江寺に参拝し、最寄りのJR牟岐線の立江駅から徳島に戻った(350円)。この日の歩行実績は30,000歩、20km、距離的には二、三日目ほどではなかったが、山道をアップダウンした影響がかなり出てきたように感じた。手の甲の腫れがうずく。


